NEWS PHONIC

イヤモニ誕生秘話。(エピソード5)「世界初のシリコンIEMへの挑戦」
(The Challenge of the World’s First Silicon IEM . IEM Episode5)

イヤモニの歴史は、一人の聴覚学者と難聴の危機を訴えたミュージシャンの来診から始まり、イヤモニターへと発展。世界で初めてグレイトフル・デッドが採用します。遮音能力に限界のあるプラスチック製から高遮音性能を求めて前人未到のシリコン製IEMへの挑戦が始まります。耳が行う音の変化の聴覚研究から始め、誰も成し得なかったシリコン成形を成功させます。今やトップ・アーティストが手放さないシリコン製イヤモニターが生み出されたストーリーを回顧します。【IEM生誕30周年記念『特集:イヤモニの歴史を探る』エピソード5】

IEM生誕30周年記念

『特集:イヤモニの歴史を探る

エピソード5

【Episode1から読む】

 ☆   ☆   ☆

『外耳道の第2カーブ』 がカギだった。

グレイトフル・デッドのサウンド・エンジニアのドン・ピアスンとダン・ヒーリーの協力で進化したIEMでしたが、これにはまだ解決しなければならない大きな問題が残されていました。

この時はまだハードシェルでの機種だった為に、遮音性の面で、シェルに使われるアクリルという素材の限界をうかがわせたのです。

第2カーブでの圧迫

本来、人間の外耳道には入口から第1カーブ、第2カーブと呼ばれる屈曲があり、高い遮音効果を得るにはIEMの先端を第2カーブより奥に届かせ、適度な圧迫を与える必要があります。

なぜなら、そこには硬い骨があるのでうまく圧迫を加えると大きな遮音効果が期待できるからです。

しかし、そこには皮膚と骨の間に神経が通っており硬いアクリル素材が触れると激しい痛みが生じてしまいます。

そのため、アクリル製のハードシェルIEMの場合は、第2カーブに触れないように作らざるを得ず第2カーブの手前までで制作します。それが外部音の侵入や、低音の音抜けを引き起こしていました。

この両方の問題に対してアクリル素材でIEMを作製する場合は、低音の増量と音量そのものを上げて対処しています。しかしマイケルはあくまで遮音性の向上を追求し、より安全となるモニター音量の軽減を目指します。

これが今まで誰も成功したことのなかった“柔軟なシリコン素材を用いたカスタムIEM”の開発への目的であり試みでした。

イヤチップなど補聴器パーツとしても使われる柔らかく柔軟性のある医療用シリコンなら、外耳道の第2カーブより先まで圧迫を与えても圧力が分散され痛みを生じることがないからです。

☆   ☆   ☆

人間の聴覚メカニズムの反映

しかし、これをIEMに用いるには2つの大きな問題がありました。

第一は、“人間の聴覚メカニズムの反映”です。

そもそも人間の耳には、外部からの音にある変化を加えて取り込んでいる仕組みがあります。環境にある音を、耳は聴きたい音に変化をさせて鼓膜に取り込んでいるのです。

その音の変化は、耳介から外耳道を通って第2カーブまでの耳の形状によって起っています。そのため、シリコン素材のIEMを通じて第2カーブの先で(鼓膜にダイレクトに)音を出した場合、この耳の音の変化が反映されません。

つまりどれだけ奥で音を出しても、この出力される音に耳による音の変化が反映されていなければ、自然な形で聴く音とは別のものになってしまいます。

つまり耳の構造による音の変化を機械的・電気的に行わなければならないという事です。

そこでIEM装着にあたり、耳が変化させるはずだった音を、耳に代わって機械が変化させるため、マイケルたちは耳の外と鼓膜部分で鳴る音の差を測定しデータ化する作業に着手しました。

被験者数を増やして個人差の影響を平均化し、その基本値を再現できるスピーカーシステムを設計したのです。

また、耳にとって危険な限界音量(140dB)を踏まえ、安全性に考慮した最大出力を抑える設定もおこないました。

☆   ☆   ☆

シリコンIEM, 2XSの誕生

第二のハードル。そして最も大きな困難は、“シリコン素材における加工技術の習得”でした。

シリコンはその性質上、他の物質と馴染みにくく、熟練した技術者の手作業を要します。加えて当時(・・・現在でもですが)米国内には、このシリコンを加工する方法も前例もありませんでした。

そこで活躍したのがマイケルの大学での教え子でもあり片腕としてラボ(聴覚研究所でもあるSensaphonicsではクリニックに対して、開発・生産社屋をラボと呼んでいます)で働くクリスとヴァネッサでした。

彼らは、主に整形外科で多く用いられシリコンの医療応用で先行するオランダ、イギリスなどのヨーロッパの研究室へと赴き、長期にわたる技術情報の実践と収集を行いました。これによりシリコン成形の可能性を探り、数年の歳月をかけてシリコン内に電子回路システムを埋め込むという、誰も成しえなかった技術と専用装置を開発しました。

音響システムを守りつつ、柔軟性も損なわず、更にシリコンの硬度をIEMの部位に応じて変えるまど技術の習得・開発などによりアクリル素材には無い優れたフィット感と遮音性を目指したのです。

こうして2001年、ついに世界初のオール・シリコン製カスタムIEM「ProPhonic 2XS」が誕生したのです。

Sensaphonics Japanで保管中の2001年に設定の初期モデルの2XS。約20年が経過してもシリコンの柔軟性などが失われず、現在でも使用が可能。

世界最高峰の平均遮音量34dBを実現

 このモデルでは狙いどおり、遮音性能が飛躍的に向上しました。遮音レベルは個人差を考えても30dB以上を確保でき、低音の音の抜けが無くなり、レスポンスは飛躍的に改善されました。

シリコン素材は、耳への挿入のしやすさと内蔵ドライバーの保護を兼ねてボディは適度な硬さに設定され、外耳道の構造や痛みの個人差を考慮されてカナルやヘリクスの先端などの可動部は柔らかく加工されています。

つまり驚くことに、なんと、シリコン製のIEMには可動する部位が設定されたのです!これはアクリルなどのハードシェルにはあり得ないことです。可動部が設置できたことにより、顎の動きに連れられて細かく動いている外耳道にあわせ、イヤモニターも変形して対応しているのです。

安全性は、快適性を伴ってかつてないクオリティとなりました。

音質の個人差を解消

また、人間の耳の形状による音の変化の反映は、鼓膜を保護しながら聴こえるべき音をより自然に、効果的に再現することができました。

アクリル製の時代には、その遮音量が個人によって大きく変化してしまい、それに起因する音抜けが個人・個人で大幅に変わることが起きていました。

オーディエンス用のイヤホンなどと違い、プロ・アーティスト用のIEMでは、そのライブ会場で関与するアーティスト、エンジニアが“同じ音“を聴いている必要があります。

シリコン製による安定した遮音性能は、それらの人たちの聴いている音の個人差を無くすことが実現出来たのです。

これがシリコンを用いることでしか可能とならない品質であり、Sensaphoniceにしか提供できない製品となった理由です。

この「ProPhonic 2XS」は、グラミー賞受賞グループのデイヴ・マシューズ・バンドに最初の一号機が渡されました。

2XSはリリース以来20年にわたり、そのフラットな安定した音質のモニター用の名機として、今も米国、日本そして世界の名だたるミュージシャンたちに愛用され続けています。

☆   ☆   ☆


ディヴ・マシューズ (2001年当時)
イヤモニターの啓蒙に役立てるために
センサフォニクスに提供された写真

世界最初となり記念すべき、
シリコン製イヤモニター
1号機を装着している

ディヴ・マシューズ・バンド

1991年にディヴ・マシューズを中心に結成されたバンド。ジャズ的なセンスが強いアレンジでアメリカンロックを演奏しています。1994年にデビューしファーストアルバムが400万枚、1997年のセカンドアルバム「CRASH」(邦題:激突)が800万枚のセールスを記録してグラミー賞を受賞。2003年にゴールドディスク賞(ソロ)、2004年にグラミー賞(ソロ)を受賞。2003年公開のキアヌ・リーブスの主演で有名な映画「マトリックス・リローデッド」のエンディングロールを飾る曲「when the world ends」としても知られています。

米国で2000年代の10年間で興行収入を挙げたアーティストの1位で476億円を売り上げました(業界誌ポールスター誌より)。

ただ、日本ではCD発売がされていないため(輸入盤のみ)、また来日公演も一度もなされていないためにあまり知られていません。しかし、米国では現在でもライブ興行で最大のバンドであり、とても著名なバンドです。

Dave Matthews Band – Don’t Drink the Water – Folsom Field 2001

☆   ☆   ☆

《編集後記》

お気づきかもしれませんが、

今年、2021年は、

IEM生誕30周年の記念すべき年でもありますが、

なんと、シリコン製IEMの

誕生20周年の年にもなります。

センサフォニクスは、アーティストに加えてオーディエンスの聴覚の健康と、音楽シーンの発展に寄与すべく未来技術や新たな分野との応用可能性などに取り組んでいます。みなさまの一層のご理解とご支援を願っています。

☆   ☆   ☆

IEM生誕30周年記念

特集:イヤモニの歴史を探る【Episode5】

第Ⅰ篇おわり

☆   ☆   ☆

《続報》 

その後、IEMは宇宙へ飛出し

時速300㎞のレースで疾走

1人で始めた聴覚保護活動はWHOの主導となり

いよいよイヤモニは

日本に上陸します

☆   ☆   ☆

第Ⅱ篇【IEMの更なる進化】を

お待ちください。

【Episode1】 【Episode2】 【Episode3】 【Episode4】 【Episode5】

☆   ☆   ☆

続篇等の公開情報は、Twitterで告知しています。

合わせて読みたい関連記事

Comments are closed.