聴覚の健康に関する情報発信を行っているThe Hearing Review誌にディヴ・マシューズ・バンド(DMB)で活躍するトランぺッターのラショーン・ロスが初めてイヤモニを使い始めた経緯や、その聴覚保護の役割を語っている“Sensaphonics Helps Rashawn Ross Maintain Hearing Health“という記事が掲載されました。
イヤモニはグレイトフル・デッドが1992年に世界で初めて着装して演奏を始め、その後ディヴ・マシューズ・バンド(DMB)が2001年にオール・シリコン製カスタム・イヤモニター2XSを世界で初めて使います。
世界最大規模の巨大な野外ステージをこなす両モンスターバンドがライブ音響機器で最先端を走っていたのは偶然ではありません。
Dave Matthews Bandはキャリア最初期の1995年に、ラスベガスで行われたグレイドフルデッドのライブに、オープニングでの演奏として招待され注目を集めます。そのことを含め、ジャムバンド的なライヴのスタイルによってアメリカでは、グレイドフルデッドの後継バンドとも言われています。
大音量で多くのライブをこなすモンスターバンドであるDMBでのイヤモニが果たしている役割など、興味深い点がリアルな言葉で数多く紹介されています。
ラーション・ロスが参加しているDave Matthews Bandは、1991年にアメリカバージニア州で結成されたロックバンドで、アメリカでもトップクラスの人気を誇ります。1994年に「Under the Table and Dreaming」でメジャーデビューし、1996年には「So Much to Say」がベスト・ロック・ボーカル・パフォーマンスでグラミー賞を受賞。
2005年のスタジオアルバム「StandUp」の1曲「Dreamgirl」のMVではジュリア・ロバーツが出演し話題となりました。その他、映画「マトリックス・リローデッド」「レディ・バード」の挿入歌などにも楽曲が使われています。
2018年に発表された最新アルバム「Come Tomorrow」はビルボード200チャートで初登場1位となり、7枚連続でスタジオ・アルバム初登場1位を記録した初めてのバンドとなりました。
アメリカでは絶大な人気があり、特にライブパフォーマンスが有名です。ジャムバンドであるDave Matthews Bandは、パフォーマンスごとに曲や演奏を変えます。全米のツアー収益では、毎年トップテン入りを果たします。
このように米国では絶大な人気を誇るバンドですが、日本では来日したこともなく、CDなども輸入盤販売程度でプロモーションも殆ど行われていないので、米国のロックシーンに詳しい人達の“知る人ぞ知るバンド“という感じでしょう。
2004年には、デイヴ・マシューズがグラミー賞で最優秀男性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞を受賞しています。
The Hearing Review誌に掲載された記事によると、≪多くの現役ミュージシャンと同様に、Dave Matthews Bandのトランペット奏者ラーション・ロスRashawn Rossは、約15ヵ月間のパンデミックによる活動休止を経て、2021年のツアーに出たとき、興奮を覚えたそうです。
「本当によかったよ!そして、私たち全員が好きなことを仕事にできるということが、これほど嬉しいことなのかと思ったんだ。」と彼は言います。
バークリー音楽院に在籍したといいながら、ロスは自分をブルーカラー・ミュージシャンだと考えています。彼は14歳のとき、故郷のアメリカ領ヴァージン諸島のセント・トーマスでギグを始めます。
「大人の人たちと演奏しているうちに野外やホールのステージが出来るようになって、それで旅に出たんだ。」と彼は振り返ります。 「バンドに所属してそのパズルのひとつのピースとして、自分の役割を果たす方法を教えてくれたんだ。その経験こそが、その後の強みになったんだ。」
ミュージシャンにとって、そのパズルの重要な部分は聴覚に関することです。リハーサルを重ね、サウンドチェック、そして実際のツアーでのライブと大音量にさらされることは職業上の危険であり、それを乗り越えなければなりません。
2003年にDave Matthewsのオープニングを務め、ディブマシューズバンドのサックス奏者LeRoi Mooreと親交を深めたRossは、2005年にバンドに参加するように誘われます。それがラショーンにとって、ステージでIEMを使う最初のきっかけでした。≫
ディブマシューズバンド以前は、どのバンドもインイヤーモニターを使ってなかったそうです。
≪「そこではフロアモニターだったから。いつも音量を上げ続ける必要があったんだ。」と彼は言います。
「高い音がビンビン鳴ったり、相手の言葉を訊き返したりしていて、確実に難聴の兆候が出ていたよ。」
ロスにとって幸運だったのは、ディブマシューズバンドのツアーチームがすでにその点について対処していたことです。オーディオ・ロジストのマイケル・サントゥッチ博士(Sensaphonics社創設者)とともにこの問題に取り組んでいたのです。
モニターエンジニアのイアン・クーンは、インイヤーモニターがギグの一部であることを伝え、正確なサウンドと高い分離性を持つ2MAXというIEMに移行できるようナビゲートしてくれました。≫
そもそもイヤモニは、あの伝説のバンド、グレイトフル・デッドが1992年に世界で初めてIEMを着装して演奏するスタイルを始めました。その後、1996年にこれも世界初となるBA2ドライバーシステムのIEMをプリンスが始めて装着し演奏を始めます。
更に進化を続けるSensaphonicsのIEMは、遮音能力を高めることを目標に定め、硬いアクリルから脱却し、柔らかいシリコンを使って、その中でも音響システムを守りつつ、柔軟性も損なわず、更にシリコンの硬度をIEMの部位に応じて変える技術の習得・開発などによりアクリル素材には無い優れたフィット感と遮音性を獲得する技術開発に成功しました。
こうして2001年、ついに世界初のオール・シリコン製カスタムIEM「ProPhonic 2XS」が誕生したのです。
そしてこの「ProPhonic 2XS」が、グラミー賞受賞グループのデイヴ・マシューズ・バンドに最初の一号機が渡されたのです。それ以来、デイヴ・マシューズ・バンドではイヤモニがバンドの“GIGの一部”(ライブの構成要件)だという意識を持って運用をしています。
≪「それは人生を変えるほどの出来事だった。」とラショーンは言います。「まったく違ってたんだ。しかしとても素晴らしかった。なぜなら今、私は音楽をとてもクリアに聴くことができているんだ。ホント、実際、音のニュアンスがよ~く聞こえるようになったんだ。」
トランペッターでありながら、バッキングボーカルも担当しているロスにはモニターエンジニアのイアン・クーンのインイヤーモニターへの移行に関する経験が間違いなく役に立ちました。
「部屋全体の音が聞こえてくるフロアモニターから、頭の中で音を聴くようなインイヤモニターに変えるには調整期間が必要だったのは確かだよ。」とラショーンは言います。
「最初のうちは、自分でも気づかないうちに強く吹いていたんだ。そこでエンジニアのイアン・クーンと相談したら、高域をロールオフして中域をブーストすることがポイントだとわかったんだ。」
そうすることで普段から慣れ親しんでいるホーンの音を、より強く感じることができたんだ。それだけのことなんだ。それ以来ずっと愛用しているよ!」
デイヴ・マシューズ・バンド(DMB)はイヤモニターが果たすミュージシャンの聴覚を守る大きな役割を深く認識しています。WHOが主催する“ミミの日“(毎年3月3日)World Hearling Dayには、”RESPECT YOUR EARS“のメッセージや It’s World Hearing Day – keep your hearing healthy & enjoy more years of DMB music! やExcited to celebrate a cause that connects our music to our fans. Happy World Hearing Day! などと毎年発信し聴覚保護運動に協力をしています。
なかでも、デイヴ・マシューズ・バンドは聴覚保護活動の研究に資するための資金協力として、アーティストによる使用楽器の無償提供によるオークションが開催された際にも愛用するギターにサインを入れて提供し積極的に参加しています。
オークション2011年
オークション2016年
■
≪特にディブマシューズバンドのような長時間のライブを行う音の露出が多いツアーミュージシャンにとっては、音量を抑えることがいかに重要であるかをロスは実感しています。 2021年のツアーでは、通常1週間に4回のヘッドライナー公演がありました。フェスティバルを追加することもよくあります。1回の公演では平均2.5時間、それに舞台裏でのリハーサルが加わります。さらに、ツアーバスや飛行機での音の被曝を考慮すると(通常ヘッドフォンをつけていて)聴覚の健康への脅威は非常に現実的なものとなっています。そのため、この2021年の夏、ディブマシューズバンドがパンデミック後初のツアーでシカゴを訪れたとき、ロスは、センサフォニクスのMusicians Hearing Clinicを訪れ、聴力検査を受けました。≫
≪「今までやったことがなかったので、このチャンスに飛びついたんだ」とロスは言います。
「以前は、リハーサルやライブでサントゥッチ博士と話すことが多かったんだけど、ここ数年インイヤーに移行して音を小さくしてからは耳鳴りが鳴らなくなったので、それが立ち切れたんだ。」
「でも、この機会は私の聴力をこの業界で最高の人たちにチェックしてもらうチャンスだったんだ。」
シカゴのSensaphonics Musicians Hearing Clinicでの聴覚検査は、一般的な通常の検査では無視される高音域を含む高音域を含む全周波数帯域を対象とした聴力検査を実施しています。検査が終わると、ロスが期待していたとおりの結果が出ました。≫
マイケル博士は満面の笑みでやってきたのです。
■
≪『ラショーン! 君は20歳の聴力をもっているよ!』と言ったんだ。これ以上ないほど嬉しかったよ!」
サントゥッチ博士は、飛行機やツアーバス、携帯電話など、聴力低下の原因となりうるものについてもロスに助言し、iPhoneの「ヘルス」アプリを使って、休憩を取らずに長時間聞いていたときに警告を出すような工夫をアドバイスしました。
また、サントゥッチ博士がトランペッターとして活動していたこともあり、個人的に知っているホーンプレイヤー特有のニーズについても話が及びました。
Sensaphonics 2MAXの高い遮音性能により、彼のミックスをよりクリアに、より安全に聴くことができるようになったのです。ロスは、ミュージシャンとして長く充実したキャリアを送ることができると確信しており、他の人にもそうするように勧めています。≫
記事出典:The Hearing Review
☆ ☆ ☆
【Rashawn Ross】
ラショーン・ロス(1979年1月16日生まれ)は、アメリカ領ヴァージン諸島出身のアメリカのトランペット奏者兼編曲家です。バークリー音楽大学を卒業したRashawnRossは、2005年にDaveMatthewsBandのライブへの初出演を果たし、その後、バンドのツアーメンバーとなります。DaveMatthewsBandに加えて、ロスは様々なミュージシャンと演奏を重ねています。ほんの数例を挙げると、アリアナ・グランデ、リュダクリス、チャカカーン、スティーヴィー・ワンダー、ストリングチーズインシデント、フェミクティなどの多くのアーティストと共演しています。彼は多才なミュージシャンであり、ファンクからジャズ、カントリーまで、さまざまな音楽ジャンルに精通したセッションミュージシャンです。
【Dave Matthews Band】
1991年にディヴ・マシューズを中心に結成されたバンド。ジャズ的なセンスが強いアレンジでアメリカンロックを演奏する。1994年にデビューしファーストアルバムが400万枚、1997年のセカンドアルバム「CRASH」(邦題:激突)が800万枚のセールスを記録してグラミー賞を受賞。2003年にゴールドディスク賞(ソロ)、2004年にグラミー賞(ソロ)を受賞。2003年公開のキアヌ・リーブスの主演で有名な映画「マトリックス・リローデッド」のエンディングロールを飾る曲「when the world ends」としても知られる。米国で2000年代の10年間で興行収入を挙げたアーティストの1位で476億円を売り上げた(業界誌ポールスター誌より)。なお日本ではCD発売がされておらず(輸入盤のみ)、また来日公演もなされていないため日本ではあまり知られていないが、現在でも米国ライブ興行で最大のバンドであり、最も著名なバンドである。
☆ ☆ ☆
【追記】
日本のSensaphonics Japan (j-phonic㈱)では、日本・アジア向けにイヤモニター・イヤプラグ等関連機器の製造と販売並びに開発研究。難聴予防の広報活動を行っており、記事中にあるような米国Sensaphonicsの聴覚医による診断・治療は行っておりません。その中で、コロナ感染の最中の2020年4月に、日本耳科学会会長も務められた東北大学名誉教授の小林俊光先生により、“音楽家の難聴の早期発見”を第一の目標として〔ミュジシャン外来〕が開設されました。日本で初めてとなるこの動きを新聞各紙が紹介記事を掲載しています。特殊な聴力検査装置も導入され、米国に続きミュージシャンのための早期発見と難聴の予防、治療に向けて大きな一歩となっています。
☆ ☆ ☆
最新のニュースを、Twitterで告知しています。